「会社員だから、経費なんて一円も引けない」——そう思い込んで、年収まるごとに税金がかかっていると感じていないでしょうか。実は源泉徴収票をよく見ると、給与とは別枠で百万円単位の「経費」がすでに差し引かれています。その正体が、今日のテーマ「給与所得控除」です。

給与所得控除とは

給与所得控除とは、会社員やパート・アルバイトなど給与をもらう人が、勤務のためにかかる費用の代わりとして、収入から自動で差し引ける枠のことです。スーツや通勤の靴、業務に関わる書籍など、こまごました出費を一つずつ集計しなくても、収入額に応じた一定額をまとめて経費とみなしてくれる仕組みです。

個人事業主が売上から実際の経費を引くのに対し、会社員には「概算の経費」があらかじめ用意されている、とイメージすると分かりやすいでしょう。金額は収入が増えるほど大きくなりますが、給与収入850万円を超えると195万円で頭打ちになります。給与所得控除は申請不要で、年末調整や源泉徴収の計算に最初から織り込まれているため、自分で手続きしなくても自動で差し引かれています。

設例:源泉徴収票を見直したEさん

設例(フィクション)

食品メーカーで営業をするEさん(48歳・年収720万円)は、確定申告の時期に同僚から「スーツ代や資格取得の書籍代は経費で落とせる」と聞き、少し損をした気分になりました。自分は会社員だから経費など引けず、年収まるごとに課税されていると思い込んでいたからです。

ところが源泉徴収票を見直すと、給与収入とは別に「給与所得控除後の金額」という欄があり、収入より180万円ほど低い数字が並んでいました。年収720万円なら、給与所得控除はおよそ182万円。つまりEさんは、何もしなくても180万円分の「経費」をすでに差し引いてもらっていたのです。

実費を上乗せできる場合とできない場合

ここでEさんが陥りやすいのが、「この控除に加えて、実費の経費もさらに上乗せできる」という勘違いです。給与所得控除は、あくまで実費のかわりに使う概算の枠であり、原則として控除を受けたうえに実際のスーツ代や書籍代を重ねて引くことはできません。

ただし例外もあります。「特定支出控除」といって、通勤費・転勤の引っ越し費用・研修費・資格取得費・単身赴任者の帰宅旅費などの実費が一定額を超えた場合に、超えた分だけ追加で差し引ける制度です。

  • 対象は通勤費・研修費・資格取得費など、仕事に直接必要な支出に限られる
  • 差し引けるのは、その年の給与所得控除額の半分を超えた部分だけ
  • 利用には、勤務先が「業務に必要」と認めた証明書が必要

Eさんの年収なら、実費が90万円を超えて初めて効果が出る計算です。ハードルが高く、実際に使える人は多くありません。特定支出控除は自動では適用されず、使うには自分で確定申告をし、勤務先の証明書を添付する必要があるため、会社員でも年末調整だけで完結しないケースがある点に注意が必要です。

確認しておきたいこと

まずは源泉徴収票の「給与所得控除後の金額」を一度確認してみましょう。会社員でも、すでに大きな経費が引かれている事実を実感できるはずです。そのうえで、資格取得や研修に多額を投じた年は、特定支出控除が使えないかを検討します。実費が給与所得控除の半分を超えそうなら、勤務先に証明書の発行を相談する価値があります。

なお、令和7年度税制改正では、給与所得控除の最低保障額がこれまでの55万円から65万円へ引き上げられました。パートやアルバイトなど収入の少ない方ほど、この底上げの恩恵を受けやすくなっています。

この記事のまとめ

  • 会社員にも「給与所得控除」という概算経費が自動で差し引かれている
  • 原則は実費の上乗せ不可、例外が特定支出控除という二段構え
  • 令和7年度改正で給与所得控除の最低保障額が55万円から65万円に引き上げられた

税理士として、私が思うこと

給与の相談を受けるたびに、会社員の方ほど「自分は税金の仕組みから置き去りにされている」と感じておられるのだと痛感します。源泉徴収票を一緒に開き、控除の欄を指でなぞると、ほっとした表情に変わる瞬間が何度もありました。

この誤解が根強いのは、給与所得控除が自動で差し引かれる仕組みゆえに、そもそも「控除を受けている」という実感そのものが持ちにくい構造にあると感じています。見えない恩恵は、存在しないものと同じに感じられてしまうのです。

※本記事の設例は、相談現場でよく見られる構造をもとに整理したフィクションです。特定の顧問先・個人を示すものではありません。