令和8年10月に始まる「保険料調整制度」は、新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者について、事業主が保険料の一部を一時的に肩代わりできる仕組みです。労使折半の原則を超えて事業主が負担する場合、その増加分に源泉徴収が必要かどうかが実務上の論点になります。
保険料調整制度とは
令和8年10月1日から、新たに社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入対象となる短時間労働者について、事業主が被保険者負担分の保険料の一部を一時的に肩代わりできる仕組みが始まります。肩代わりできる期間は通算3年間です。手取り額が急に減ってしまう従業員の負担感を和らげるために設けられた制度で、肩代わりした分はその後の期間で事業主が支払う保険料から差し引かれるため、最終的な事業主の総負担額そのものが増えるわけではありません。
この保険料調整制度は令和8年10月1日施行です。対象となった日から2年以内に申出を行う必要があります。
具体例で考える
設例(フィクション)
居酒屋を3店舗経営するオーナー・佐藤さん(52歳)は、令和8年10月からパート従業員の一部が新たに社会保険の加入対象となることを受け、優秀な人材の手取り減少をできるだけ抑えたいと考えていました。そこで検討しているのが、事業主が被保険者負担分の健康保険料・厚生年金保険料の一部を一時的に肩代わりできる保険料調整制度の活用です。
ところが顧問先の経理担当・鈴木さんは「労使折半の50%を事業主が超えて負担すると、その超過分は従業員への経済的利益の供与として給与扱いになり、源泉徴収が必要になるのでは」と心配します。これまでの一般的な取扱いでは、たしかに折半割合を超える事業主負担は給与等とみなされ源泉徴収の対象になりがちでした。果たして、今回の制度でも同じ扱いになるのかが論点です。
改正前の取扱い
これまで、健康保険料・厚生年金保険料は事業主と従業員が原則50%ずつ負担する「労使折半」がルールでした。事業主がこの50%を超えて多めに負担すると、その超過分は従業員が本来負担すべき保険料を肩代わりしてもらった経済的利益とみなされ、給与等として源泉徴収の対象になる、というのが一般的な整理でした。健康保険組合の規約で50%超の事業主負担を認めている場合を除き、「多く払ってあげた分は課税される」というのが基本の考え方だったのです。
改正後の取扱い
令和8年10月1日以降は、新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者について、事業主が保険料調整制度に基づいて負担する増加分は「事業主が本来負担すべき保険料」という性質のものと位置付けられます。そのため、労使折半の50%を超える負担であっても、この制度に基づくものであれば給与等には該当せず、健康保険料・厚生年金保険料のいずれも源泉徴収は不要とされます。肩代わりした分は、通算3年の期間が終わった後、事業主が支払う保険料から段階的に控除される仕組みで、最終的な事業主負担そのものは変わりません。
| 項目 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 50%超の事業主負担 | 給与等に該当し源泉徴収の対象 | 保険料調整制度に基づく分は源泉徴収不要 |
| 対象者 | 特段の限定なし | 新たに社保加入となる短時間労働者 |
| 肩代わり期間 | ― | 通算3年間、その後精算 |
| 適用開始 | ― | 令和8年10月1日 |
実務上の注意点
- 「事業主が多く払う=給与扱いで源泉徴収」という従来の発想のまま処理すると、本来不要な源泉徴収を行ってしまい、給与計算や源泉徴収票の記載を誤るおそれがあります。
- 制度の対象になるのは「新たに社会保険の加入対象となった短時間労働者」に限られ、既存の被保険者の保険料を任意に肩代わりする場合まで対象になるわけではありません。
- 申出期限は対象となった日から2年以内です。期限を過ぎると制度の適用を受けられなくなる可能性があるため、対象者の把握と申出のタイミング管理が実務上のポイントになります。
保険料調整制度の対象かどうかは従業員ごとの判定が必要なため、給与計算担当者への周知と対象者リストの整備を早めに進めておく必要があります。
実務上の対応
令和8年10月の制度開始に向けて、まずは自社に新たに社会保険加入対象となる短時間労働者がいるかどうかを洗い出します。対象者がいる場合は、保険料調整制度を使うかどうかの方針を固めたうえで、給与計算・年末調整の担当者に「この制度に基づく事業主負担分は源泉徴収不要」というルールを共有しておくことが大切です。制度の適用を受けるかどうかは任意ですので、資金繰りへの影響も踏まえて導入可否を検討する必要があります。
この記事のまとめ
- 令和8年10月1日から、新たに社会保険加入対象となる短時間労働者について、事業主が保険料の一部を一時的に肩代わりできる「保険料調整制度」が始まる
- この制度に基づき事業主が労使折半50%を超えて負担する増加分は、給与等に該当せず源泉徴収は不要
- 肩代わり分は通算3年後に事業主が支払う保険料から精算されるため、最終的な事業主負担は変わらない
税理士として、私が思うこと
制度開始を前にしたこの時期、事業主の方からは「従業員のために多く負担したつもりが、税金の話まで絡んでくるのでは」という不安の声をよく耳にします。負担と課税の関係そのものが変わる改正だからこそ、正確な理解が安心につながると感じています。
私は税理士として、新しい制度が現場で誤解なく運用されるよう、丁寧に寄り添いながら、不安を安心に変えるお手伝いをしていきます。
※本記事の設例は、相談現場でよく見られる構造をもとに整理したフィクションです。特定の顧問先・個人を示すものではありません。