昔からの大家さんが海外へ引っ越した──それでも家賃は今までどおり日本の口座へ満額振込。ごく自然な対応に見えますが、この瞬間、借りている側に「税金を差し引いて国へ納める」義務が生まれていることがあります。知らずに満額を払い続けると、あとで追徴されるのは大家さんではなく、借り手のほうかもしれません。この記事では、非居住者へ支払う家賃の源泉徴収の仕組みと実務上の対応を整理します。
「非居住者」とは──国籍ではなく生活の本拠で判定
まずは言葉の整理から。税法では、日本国内に住所がある人、または現在まで引き続き1年以上「居所(生活の拠点)」がある人を「居住者」と呼びます。それ以外の人が「非居住者」です(所得税法2条)。
ポイントは、国籍ではなく「どこで生活しているか」で判断すること。長い付き合いのある日本人の大家さんであっても、生活の本拠を海外へ移せば、税務上は非居住者として扱われる場面が出てきます。
そして、この非居住者が日本国内の不動産を貸して家賃を受け取るとき、支払う側にひと手間が課されます。
設例(フィクション)
Cさんは都内で複数の飲食店を営む株式会社(年商約1.2億円)の代表です。10年以上、駅前ビルの1階を店舗として借り続け、大家さんとは良好な関係が続いてきました。
ところが昨年、その大家さん(個人オーナー)が家族の事情で生活の拠点を海外へ移し、国内には住まなくなります。それでも家賃は従来どおり、大家さん名義の国内口座へ毎月30万円を振込。Cさんは「相手は昔からの知り合いの日本人だし、日本の口座に払っているのだから、うちが何かする話ではない」と考えていました。この「満額振込」こそが落とし穴だったのです。
落とし穴──源泉徴収の義務を負うのは借主
非居住者が持つ日本国内の不動産を借り、その家賃を支払うとき、支払う側(借主)には所得税を天引きして国へ納める役割が生じます(所得税法212条)。手取りをそのまま渡すのではなく、決められた割合を差し引くのが原則です。
- 差し引く税率は 20.42%(復興特別所得税を含む)
- 天引きした税金は、支払った月の翌月10日までに納付する
- 対象は「国内にある不動産の賃料」。相手が非居住者かどうかがカギ
たとえば毎月30万円の家賃なら、20.42%にあたる約6万1,260円を差し引き、大家さんへ渡すのは残りの約23万8,740円。差し引いた分を税務署へ納めます。
ただし例外もあります。借りる人が個人で、その物件を自分や親族の住まいとして使う場合は、源泉徴収は不要です。裏を返せば、会社が事務所や店舗として借りているケースは、ほぼ間違いなく源泉徴収の対象になると考えておくべきです。
満額で払ってしまったら──納付義務は借主に残る
満額を振り込んでしまった場合でも、納める義務は借り手側に残ります。天引きし忘れた税額は借主がいったん立て替えて納付し、あとで大家さんと精算する流れになるため、資金と信頼関係の両面で負担が生じます。
さらに、納め忘れが続くと、本来の税額に加えて不納付加算税や延滞税といった余計な負担がのしかかります。天引きした税金はあくまで「預かり金」であって、会社の利益とは別物。集めたら速やかに国へ渡す、という感覚を持っておくと安全です。
なお、差し引かれた大家さん側も損をしっぱなしになるわけではありません。非居住者となった大家さんは、日本での不動産所得について自分で確定申告を行い、天引きされた税金と本来の税額との差額を精算できます。借り手の源泉徴収は、あくまで「取りっぱぐれを防ぐための前払い」という位置づけです。
実務上の対応
大切なのは、家賃を払う相手が「今どこで暮らしているか」を早めに把握することです。
- 契約時や更新時に、貸主の居住状況(国内か海外か)を確認しておく
- 大家さんの海外転居を知ったら、その月の支払いから天引きの要否を見直す
- 天引きした税金は翌月10日という短い期限があるため、納付の段取りを社内で共有する
「相手が日本人だから大丈夫」という思い込みは禁物です。判断に迷ったら、満額を払ってしまう前に早めに専門家へ相談するのが安全策です。
この記事のまとめ
- 非居住者へ国内不動産の家賃を払うとき、源泉徴収の義務を負うのは「支払う借り手」側
- 税率は20.42%。差し引いた税金は支払月の翌月10日までに納付
- 個人が自宅として借りる場合は不要だが、会社の事務所・店舗はまず対象
- 満額振込でも納付義務は借主に残り、不納付加算税・延滞税のリスクも。貸主の居住状況を契約時・更新時に確認を
税理士として、私が思うこと
税理士として現場に立っていると、源泉徴収のトラブルは「悪意」ではなく「知らなかった」から起きるのだと痛感します。長年の大家さんとの関係が良好であればあるほど、まさか自分の側に納税の役割があるとは思いもよらない。気づいたときには数か月分がまとめて追徴、と青ざめる表情を何度も見てきました。
だからこそ私は、税理士として日々の取引の小さな変化にも目を配り、お客様の不安を安心に変える伴走者でありたいと考えています。制度の落とし穴を一緒に先回りしながら、丁寧に、そして誠実にサポートを続けていきます。
※本記事の設例は、相談現場でよく見られる構造をもとに整理したフィクションです。特定の顧問先・個人を示すものではありません。