「うちみたいな小さな個人事業に、源泉徴収なんて大きな会社の話」——そう思っていた方が、パートを1人雇い始めた瞬間に「源泉徴収義務者」になり、あとから納付漏れのペナルティを背負うことがあります。誰が義務を負い、誰が例外なのか。この線引きは、実は勘違いされがちです。
そもそも「源泉徴収義務者」とは
源泉徴収義務者とは、人に給与や一定の報酬を払うとき、所得税(と復興特別所得税)をあらかじめ差し引いて、代わりに国へ納める役割を担う人のことです。
ここで大切なのは、対象が法人だけではないという点です。個人事業主であっても、給与を支払っていれば原則としてこの義務者になります。「法人だけの話でしょ」という思い込みが、最初のつまずきポイントになります。
設例:パートを1人雇い始めたAさん
設例(フィクション)
都市部で小さな学習塾を個人で営むAさん(40代)。年商はおよそ2,000万円で、長らく一人で切り盛りしてきましたが、生徒が増えたため今年から採点を手伝うパート講師を1人雇い、毎月の給与を払い始めました。あわせて、教室のチラシを知人のフリーランスデザイナーに頼み、デザイン料も支払っています。
Aさんは「自分は従業員も1人だけの個人事業主。源泉徴収なんて縁がない」と考え、給与からもデザイン料からも何も天引きしていませんでした。しかし、給与を払い始めた時点で自分が義務者に当たり、デザイナーへの報酬からも税金を差し引く必要があったのではないか——と不安になってきたのです。
義務者にならない例外は狭い
源泉徴収義務者に「ならない」ケースは、所得税法で決まっていますが、その範囲はかなり限定的です。
- 常時2人以下の家事使用人だけに給与を払う個人 → その給与は源泉徴収不要
- 給与を1円も払っていない個人が、デザイン料や原稿料などの報酬を払う場合 → その報酬は源泉徴収不要
Aさんが誤解しやすいのはここです。「従業員が1人だから例外だろう」と思いがちですが、家事使用人(お手伝いさんなど)ではない事業の従業員に給与を払えば、その時点で義務者になります。しかも見落としやすいのが、給与を払い始めると、デザイナーへの報酬など特定の報酬・料金にも源泉徴収が必要になることです。給与ゼロなら報酬の天引きは不要でも、給与を払った瞬間にセットで義務が発生します。
天引きを忘れたときのリスク
源泉徴収は、天引きし忘れても支払者の納付義務が消えるわけではありません。あとから自腹で立て替え、本人に請求し直す羽目になります。しかも納付が遅れると、次のような負担が上乗せされます。
- 不納付加算税(原則、納付税額の10%。税務署の指摘前に自主納付すれば5%)
- 延滞税(納付が遅れた日数に応じて加算)
一方で、税務署の求めによらず自ら気づいて納めたときや、義務者の責めに帰せない正当な理由が認められるときは、不納付加算税が課されないこともあります。とはいえこれはあくまで後付けの救済で、最初から正しく天引き・納付するのが安全策です。
やることはシンプルです。人を雇ったら1か月以内に「給与支払事務所等の開設届出書」を税務署へ提出し、給与・報酬から源泉徴収して原則として翌月10日までに納付します。従業員が常時10人未満なら「納期の特例」を届け出て、年2回のまとめ納付にすると負担が軽くなります。
この記事のまとめ
- 源泉徴収義務者になるかどうかの分かれ目は、法人か個人かではなく「給与を払っているか」
- 給与の支払いが始まると、給与だけでなく特定の報酬にも天引きが必要になる
- 例外は家事使用人だけ・給与ゼロなど狭い範囲に限られる
税理士として、私が思うこと
税理士として現場に立っていると、源泉徴収の論点は「知らなかった」では片づけられず、あとから通帳の残高をじわりと削ってしまう怖さがあると感じています。初めて人を雇うオーナーの、高揚と不安が入り混じった表情を見るたびに感じることです。
この論点が見落とされやすいのは、「事業規模」と「源泉徴収義務の有無」を同じ軸で考えてしまう構図にあると思います。規模の小ささが免除の理由になるという思い込みが、判断を誤らせています。
※本記事の設例は、相談現場でよく見られる構造をもとに整理したフィクションです。特定の顧問先・個人を示すものではありません。