決算書は黒字、利益もきちんと出ている。なのに通帳の残高はいつも心もとなく、賞与や大口仕入の月には短期借入で穴埋めする──。そんな「利益と現金のズレ」に心当たりはないでしょうか。原因は、倉庫でじっと眠っている「在庫」かもしれません。

在庫は帳簿の上ではれっきとした「資産」です。それなのに、なぜ資金繰りを苦しめるのか。この記事では、その仕組みと適正在庫の考え方、そして銀行が決算書の在庫をどう見ているかを整理します。

在庫が資金を眠らせる仕組み

在庫(棚卸資産)は、貸借対照表では「資産」の欄に並びます。数字だけを見れば、多いほど会社が豊かに見えるかもしれません。

しかし、その正体は「現金が商品の姿に変わったもの」です。仕入代金を払った瞬間に会社の現金は出ていき、その商品が売れて代金を回収するまで、在庫は1円のキャッシュも生みません。

つまり在庫とは、売れるまで倉庫で眠っている「お金そのもの」。多めに抱えるほど、それだけ多くの現金が身動きの取れない状態になります。これが「資金が寝る」と表現される理由です。

設例(フィクション)

業務用厨房機器の卸売業を営むSさん(50代後半)。年商はおよそ5.5億円で、妻と長男が役員として経営を支えています。損益計算書は毎期きちんと黒字の優良企業ですが、手元の預金はいつもぎりぎり。賞与の時期や大口仕入が重なる月には、短期借入でしのぐのが常になっていました。

Sさんの口癖は「欠品して受注を逃すのが何より怖い」。仕入先にはいつも多めに発注し、気づけば倉庫は回転の鈍い型落ちモデルで埋まっています。決算後、銀行の担当者から「棚卸資産が売上の規模に比べて重く、資金繰りが読みにくい」と指摘され、Sさんは初めて在庫と資金の関係に正面から向き合うことになりました。

黒字なのにお金が残らない理由

黒字なのにお金が残らない。その謎を解く鍵は、「利益」と「キャッシュ」が別物だという一点にあります。

  • 黒字=資金が回る、ではない。利益は会計上の計算結果で、実際の現金の出入りとは一致しない
  • 在庫は「資産」でも、動かなければただの塊。売れ残れば陳腐化し、評価損というリスクを抱え込む
  • 「念のため多めに」が積み重なると運転資金を圧迫する。欠品への不安が、そのまま資金の目減りに直結する

たとえば1,000万円分を余分に仕入れれば、その1,000万円は倉庫で固定され、売れるまで別の支払いには使えません。利益は増えていないのに、現金だけが確実に減っていく。これが、ときに「黒字倒産」すら招く在庫の怖さです。

在庫が適正かどうかは「在庫回転期間」で測れます。棚卸資産を1日あたりの売上原価で割った日数のことで、短いほど在庫が効率よく現金に変わっている状態を意味します。

銀行は在庫のここを見ている

銀行が決算書を読むとき、棚卸資産は必ずチェックするポイントです。売上規模に対して在庫が不自然に多いと、「売れ残りや不良在庫が隠れていて、実際の資産価値はもっと低いのでは」と疑われます。

疑いを持たれれば、銀行は在庫を実態に合わせて評価し直します。その結果、帳簿より純資産が目減りして見え、格付けが下がることもあります。格付けが下がれば、金利や融資枠といった条件も厳しくなりかねません。

設例のSさんのように「黒字なのに資金繰りが苦しい」会社は、決算書の見た目以上に在庫の質を問われていると考えたほうがよいでしょう。

適正在庫への第一歩──不安ではなくデータで管理する

大切なのは、在庫を「不安」ではなく「データ」で管理する発想に切り替えることです。

  • 在庫回転期間を把握する。まずは自社の在庫が何日分の売上に相当するのかを、数字でつかむ
  • ABC分析で売れ筋と死に筋を仕分ける。よく動く商品と眠っている商品を分け、発注の濃淡をつける
  • 滞留在庫は思いきって処分する。値引き販売でも現金化すればキャッシュが戻り、評価損は税務上の損金として利益を圧縮する効果も期待できる

欠品への不安はもっともですが、すべての商品を多めに持つ必要はありません。動きの速い主力だけ厚めに、その他は絞る。このメリハリこそが、資金を眠らせない第一歩です。

この記事のまとめ

  • 在庫は帳簿上は資産でも、実態は「売れるまで眠っている現金」。持ちすぎは資金繰りを直接圧迫する
  • 黒字と手元資金は別物。余分な仕入は利益を増やさず現金だけを減らす
  • 売上規模に不釣り合いな棚卸資産は、銀行の実態評価で純資産の目減り・格付け低下につながりうる
  • 在庫回転期間の把握・ABC分析・滞留在庫の処分で、「不安」ではなく「データ」の在庫管理へ

税理士として、私が思うこと

税理士として資金繰りのご相談に向き合うたび、「利益は出ているのに、お金がない」と戸惑う社長さんの表情に何度も出会ってきました。数字の上では順調でも、通帳を前にした不安は理屈だけでは晴れないものです。倉庫に眠った現金に光を当てるだけで、経営の景色がふっと変わることは少なくありません。

だからこそ私は、決算書の数字の裏にある「お金の流れ」まで一緒に見つめ、社長の不安を安心に変えていく伴走者でありたいと思っています。丁寧に、そして誠実に。お金の心配が一つでも減るよう、寄り添いながらお手伝いしていきます。

※本記事の設例は、相談現場でよく見られる構造をもとに整理したフィクションです。特定の顧問先・個人を示すものではありません。