「毎年きちんと黒字なのだから、決算書さえ見せれば融資は下りるはず」——そう考えていた矢先、銀行の担当者から返ってきたのは「直近の試算表はありますか」の一言。手元にすぐ出せる数字がない。その瞬間、会社の評価は静かに下がり始めます。黒字なのに融資で苦労する会社と、話がすっと進む会社。その差は「毎月の数字を出せているかどうか」に隠れていることが少なくありません。
月次決算とは
月次決算とは、1年に1回の本決算を待たず、毎月その月の売上・仕入・経費を締めて、月ごとの試算表(貸借対照表と損益計算書の一覧)を作ることをいいます。
「決算は年に一度やっているから十分では」と感じる方も多いのですが、年1回の決算書は、1年前から決算日までをまとめた過去の記録です。これに対して月次決算は、今この瞬間の会社の状態を毎月測るものです。数字が新しいほど、経営判断も外部への説明も速く、正確になります。
設例:試算表が二、三か月遅れていたSさん
設例(フィクション)
年商2億4,000万円の内装工事業を営むS社。オーナーのSさん(50代・男性)は職人上がりで現場には強い一方、経理は家族に任せきりで、数字とじっくり向き合うのは年に一度の決算のときだけでした。
ある日、取引先の紹介で大型のリニューアル案件が舞い込みます。材料の先行仕入れで数千万円の運転資金が必要になり、取引銀行に追加融資を相談したところ、担当者から「直近数か月ぶんの試算表を見せてください」と求められました。ところがS社は記帳が二、三か月遅れており、今の月次の数字がすぐには出てきません。銀行が知りたいのは去年の結果ではなく、いま現在の資金繰りと業績の実態でした。試算表を即座に出せないこと自体が、社内の管理体制の弱さと受け取られてしまったのです。
銀行が「試算表を出せる会社」を評価する理由
銀行は融資先を格付け(信用格付)し、貸すかどうか・金利をどうするかを決めています。この評価は決算書の数字だけで決まるわけではありません。
- 鮮度:半年前の決算書より、先月の試算表のほうが「今」を語れます
- 管理体制:毎月締められる会社は、社内にお金の流れをつかむ仕組みがあると受け取られます
- 予測力:月次があれば「あと3か月で資金がいくら必要か」を先に示せます
数字がすぐ出る会社は、それだけで経営を数字で握っている会社に見えます。逆に試算表が数か月遅れていると、内容が黒字でも「どんぶり勘定なのではないか」という見方をされてしまいます。融資の場面で効くのは良い数字だけではなく、求められたときにすぐ出せる数字があるかどうかです。
試算表が遅れると損をする3つの場面
- 急な資金需要:好条件の案件が来ても、試算表が出せず融資審査に乗り遅れる
- 資金繰りの先読み:入金と支払いのズレに気づくのが遅れ、慌てて条件の悪い資金に手を出す
- 異変の発見:売掛金の滞留や粗利の低下を、決算まで1年見逃してしまう
とくに3つ目は見落とされがちです。毎月の数字を追っていれば、「この取引先は入金が遅れ始めている」といったサインに早く気づけます。回収の問題は、こじれてからでは打てる手が限られます。
実務上の対応
特別なことは必要ありません。まずは「毎月、翌月の20日までに前月の試算表を仕上げる」といった締め日を決めるだけでも景色が変わります。
- 領収書・請求書をため込まず、月ごとに区切って処理する
- 売掛金・買掛金の残高を毎月確認する習慣をつける
- 顧問税理士と月次で数字を確認する場をつくる
最初は手間に感じても、続けるうちに「今月はいけそう」「ここは締めよう」という感覚が育ちます。その感覚こそ、銀行が評価する管理できている会社の中身です。
この記事のまとめ
- 銀行は決算書の数字だけでなく、直近の試算表を出せるかどうかで管理体制を見ている
- 試算表の遅れは、急な資金需要・資金繰りの先読み・異変の発見という3つの場面で損につながる
- まずは「翌月20日までに前月分を締める」といった締め日を決めるところから始める
税理士として、私が思うこと
多くの中小企業に関わる中で、月次の数字が出せる会社ほど、社長の表情に余裕があると感じています。数字が遅れている会社の社長は、融資や支払いの話になるとどこか落ち着かない。毎月の試算表を手元に置いている社長は、「来月はここが厳しいから今動く」と自分の言葉で語れます。その差は、経営の安心感そのものだと思います。
評価で差がつくのは、銀行が決算書から「業績」を読み、試算表から「体制」を読んでいるからだと感じています。黒字という結果をいくら並べても、体制のほうは証明できません。求められて即座に出せた試算表は、内容以前に「毎月締められる会社である」という事実を伝えます。月次決算が経理の作業ではなく経営の道具だといわれるのは、この二重の意味があるからです。
※本記事の設例は、相談現場でよく見られる構造をもとに整理したフィクションです。特定の顧問先・個人を示すものではありません。